“二月に右手が麻痺しました。ここ十年以上、右腕は全体的に痛苦しく、痺れもあって、それが首と右ヒジを連続で痛めたことがきっかけとなって爆発したのでしょう。妻に、手といっても体全体の流れの問題だから、下半身とおなかを温めなさい、やれる所をお灸しなさい、風呂につかってはダメ、コーヒーとお酒は問題外、と言われ、クツ下、レッグウォーマー、ズボン下、腹巻は厚手のものに替え、お灸は、スネの外側の通称 足三里、ヒザ上やや内側の血海、手の甲の合谷、それから右腕の押して痛い所に片っぱしからやり、コーヒーはしばらくの間、紅茶に替えました。お酒は一晩抜いたんですが、酒を完全に抜くっていうのも体によくないな、と思い、妻に懇願して、日本酒の熱燗なら、と許可を貰いました。
今思えば麻痺が一番ひどかった時ということになりますが、八十号の油絵に挑戦しました。右手指先に感覚がなく、力を入れることができなくとも筆を軽く握ることはできたので、フニャッとしてしまう筆先をヒジや肩、時には体全体を使ってコントロールしつつ、格闘すること四日、なぜか、とても力強く、大満足の絵ができ上がりました。タイトルは「スペースシティをぶっこわす宇宙怪獣」。日夜宇宙開発事業に勤しむみなさま、ゴメンナサイ。
右手は四ヶ月掛かって陶芸の仕事ができるまでに回復しました。体を冷やさないようにしたこと、毎日やらなければならない水汲み、薪割り、動物の世話等を右手が動かないなりに工夫をしていつも通りにこなしたこと、油絵、そうして私自身が麻痺ということに不安を余り感じなかったこと、これらがうまくからみ合って回復したのだと思います。妻からは、今は陽の気が満ちて温かくなったから動くようになっただけで、陰の気が満ちて寒くなったらまた動かなくなる、と言われました。調子に乗るなよ、という警告ですね。先程、八十号の油絵に挑戦したことを半ば誇らし気に書きましたが、箸を持っても重く感じ、それを何とか動かそうとすると余りな痛苦しさに肩で息をしているという有様な時に、わざわざ大きな油絵を描いて、ケッサクができたと自画自賛している私を妻は、コイツ、救いようのないバカだ、と思ったことでしょう。体は大切な借り物です。私の奴隷ではないのです。それを体の発する声を無視して今までのように奴隷然と酷使し続けたならば、麻痺はやがて右手を超えて更に広がっていくことでしょう。右腕の一番痛い所を左手で押しながら妻に、これはどこ?と聞くと、妻はとても不機嫌な声で、肝臓、と答えました。”
– 髙仲健一