美しいものへの憧れから“パリュリエ”の道へ
- ご自身を“コスチュームジュエリーデザイナー”ではなく、“パリュリエ”と表現されていますが、どのような意味が込められているのでしょうか?
-
Philippe Grand(以下P)
私にとってこの言葉は、ジュエリーだけでなく、ファッションやラグジュアリーの世界も同時に想起させます。また、ジュエリーという領域を超えたものまで手がけられる可能性も表していると思います。イヤリングやネックレスにとどまらず、靴のバックルやヘアアクセサリー、ドレスの装飾など、さまざまなプロジェクトに携わることができるのです。
パリュリエは、アイデアと実現のちょうど中間に位置する存在です。ジュエリー職人や金銀細工職人としての専門技術を生かし、メゾンのデザイナーたちと密接に協働しながら、ひとつのアイテムを形にしていきます。それはジュエリーの場合もあれば、ボタンやバッグの留め具、ベルトのバックルなど、さまざまです。そして、同時進行で制作されている服のコレクションとの関係性も考慮しながら、求められているモデルを一緒に仕上げていきます。プロジェクトによってはサンプルの段階で終わるものもあれば、ファッションショーで披露されるものもあります。また、製造業者の手に渡り、限定生産されてブティックで販売されるものもあります。
-
- 美意識やものづくりの原点についてお聞かせください。
-
P
まず何より、母の影響が大きいと思います。母は普段からよく絵を描いていて、色や形、素材に対する豊かな感性を持っていました。私にいつも絵を描くよう勧めてくれて、名門校であるエコール・ブールへの進学も支えてくれました。その後、装飾芸術や歴史、文化遺産、建築、そしてテキスタイルに強く惹かれるようになりました。いわゆる“美しいものへの憧れ”ですね。そして幸運なことに、私は絵を描くことが好きで、彫刻やモデリングなど、立体的なものを生み出すことにも自然に親しむことができました。
-
- どのような経験や出会いを経て、この世界に入ったのですか?
-
P
パリのエコール・ブールで5年間、金銀細工を学びました。比較的アカデミックな教育は大きな転機となり、その経験を生かしながら、創造の自由と伝統的な職人技の両方を追求できる仕事を探していました。当時、ファッションに強く惹かれていたというより、むしろラグジュアリーの世界、他にはない特別な作品を生み出せる可能性に魅力を感じていました。
そして、1991年にパリでパリュリエとして活動していたジャック・ユレルとヤスミン・ユレルに出会い、実際にこの仕事に触れたことは非常に大きかったです。やはり、実践こそが何よりの経験だと思います。専門性や技とともに、自分自身の美意識や職人としての技術に自信を持つことを学びました。
-
手による表現から生まれる、唯一無二の作品
- 素材や技法に関するこだわりを教えてください。
-
P
金銀細工職人としての教育を受けてきたこともあり、私は特に金属という素材に強く惹かれます。一方で、ジュエリーの立体的な形をつくるための伝統的な技法として、さまざまな種類のワックスも使います。デジタル技術も今では非常に重要になっていますが、私は必ずしもそれを使うわけではありません。むしろ、ソフトウェアではなく、自分の手によって表現することを大切にしています。幸いなことに、クライアントも私が伝統的な手法を用いることを好意的に受け止めてくださっています。
-
- これまでの仕事で、特に心に残っているものは?
-
P
真っ先に思い浮かぶのは、クリスチャン・ラクロワです。オートクチュールのために素晴らしいジュエリーを作ってほしいと声をかけてくださり、私に最初のチャンスを与えてくれた方です。そのジュエリーは、新しくヴェネツィアにオープンしたドリス・ヴァン・ノッテン財団で展示されました。それは私にとって大変感慨深いことでした。そのほかにも、シャネルのために制作したメダルは、今でも大切な思い出として残っています。また、カミーユ・ミセリ※¹やナタリー・グルドン※²との出会いも印象に残っています。二人はまったく異なる個性を持っていますが、ジュエリーに対する情熱は共通しています。カミーユとはルイ・ヴィトンやディオールのために素晴らしい作品を制作し、ナタリーとはセリーヌ(フィービー・ファイロ時代)、トム・フォード、バレンシアガのために作品を手がけました。そして最近では、サンローランとも非常に継続的かつ密接にコラボレーションしています。
-
- ディオールの2013年春夏オートクチュール(ラフ・シモンズ在任期)で発表された、ユベール・デュプラ※³の「トビケラの幼虫」に着想を得た作品が印象的でした。
-
P
まさにこのプロジェクトは、カミーユ・ミセリの発案から始まりました。こうした「ラーヴ(larves=幼虫)」をモチーフにしたジュエリーの魅力を、どのように表現するのが最もふさわしいか、その表現方法を探るところから始まりました。制作したパーツは、柔軟に動くように組み合わせながら、ひとつのトルク(首飾り)として一体化しているように見える構造に仕上げました。そして、天然パールや溶かしたガラスの雫を、まるで金属の上に刺繍を施すように一つひとつ縫い付けています。とても華やかでありながら、非常に繊細で洗練されている。これぞ「オートクチュール」です!
-
ARTS&SCIENCEのためのブローチ
- A&Sのディレクターであるソニア・パークと出会ったきっかけは?
-
P
2017年に初めて日本を訪れる際、パリの友人が彼女の連絡先を教えてくれました。私たちは食事をしながら、お互いのことを知ることができました。そして、仕事やものづくり、ファッション、ラグジュアリーに対する考え方など、私たちには共通する部分がとても多いことがわかりました。
-
- A&Sにはどのような印象をお持ちですか?
-
P
まさに今、“クワイエット・ラグジュアリー”と呼ばれているものだと思います。希少な素材をとても丁寧に、そしてセンスよく仕立てている。何も主張しすぎるものはなく、大きなロゴもありません。とてもタイムレスで、流行に左右されないところも、私はとても魅力的だと思います。少量生産、天然素材など、今の時代に本当に必要とされている、賢く持続可能なものづくりについて私が考えていることと重なります。
-
- ブローチのアイデアについて教えてください。
-
P
ソニアと一緒に、ブローチというアイデアを軸に、4つの方向性で研究を進めました。アーティスティック・抽象的な表現、植物的で色彩豊かな表現、素材やテクスチャーの探求、そして天然石と輝きを生かした表現です。
-
- どのような工程を経て制作されたのでしょうか?
-
P
まず、身の回りにインスピレーションを与えてくれる写真やオブジェ、そして天然石などを集めます。その次に重要なのがデッサンです。いつも実物大(1/1スケール)で描きます。必要に応じて、ワックスや粘土で立体のラフモデルを作ることもあります。そこから3Dによる設計、あるいはワックスを手で彫刻する工程へと進みます。ここが最も重要な段階です。ブローチの存在感や重量感が、この段階で決まるからです。
特にブローチは、軽く仕上げることがとても重要です。ワックスを鋳造してブロンズにする「ロストワックス製法(蝋型鋳造)」を経たらブローチとして機能させるためのピン(留め具)の仕組みを取り付けます。
最後の工程が金属の仕上げです。今回のコレクションでは、すべてブロンズの上から金メッキを施しています。一部の作品にはさらに黒い金属仕上げを加えており、パティーナ(古色)のような効果を出しています。この黒い仕上げは、時間の経過やブローチを身につけることで少しずつ変化していきます。
-
- モチーフに込めた意図やストーリーについてお聞かせください。
-
P
人の目を惹きつけるものです!ジュエリーとは、光そのものです。強い光であったり、かすかな輝きであったり、きらめきのあるものだったり、色彩を帯びたものだったり。そのジュエリーによって、身体のある部分や、身につけている服の一部分に視線を集めるのです。また、ラウル・デュフィ※⁴、スターリング・ルビー※⁵、ミシェル・アナス※⁶といったアーティストからもインスピレーションを得ています。そして、ジュゼッペ・ペノーネ※⁷へのちょっとしたオマージュも込めています。
-
- 「じゃがいも」シリーズはどのような発想から生まれたのでしょうか?
-
P
ちょっと面白いエピソードがあります。蚤の市で、世界的に知られるアーティスト、ジュゼッペ・ペノーネが1970年代に制作したブロンズ製の「じゃがいも(Patate)」(全5種類のうち) の3つを偶然見つけたんです。それは本当に驚くべき発見でした!そのとき私はパートナーとソニアと一緒にいたのですが、店主は私たちにその3点を売った1時間後に、それを取り戻そうとしたのです。大笑いしました!ソニアとのこの大切な思い出へのちょっとしたオマージュとして、ブロンズ製の「じゃがいも」ブローチを制作しました。黒いラインストーンをあしらったものもあります。
-
- 楽しみです。最後に、今回の特別なブローチに込めた想いをお聞かせください。
-
P
私は、日本の皆さまがこのジュエリーの提案を目にしたときのことを想像しながら制作しました。その美意識や素材、色彩が、現代の日本の文化や、A&Sの精神に少しでも寄り添い、そして皆さんの心を惹きつけるものになればと思っています。
-
※1. Camille Miceli(カミーユ・ミセリ):ファッションデザイナー。特にジュエリーやアクセサリーの分野で長く影響力を発揮。
※2. Nathalie Gourdon(ナタリー・ゴードン): ジュエリー・アイウェア・オブジェを専門とするデザイナー。セリーヌ、トムフォード、バレンシアガなどのラグジュアリーブランドで活躍。
※3. Hubert Duprat(ユーベル・デュプラ):1957年生まれのフランス人現代美術家。自然科学と芸術、職人技術を融合させ独創的な彫刻作品を制作。1980年代初頭、水生昆虫のトビケラの幼虫に、金や真珠、宝石などを使って巣を作らせる作品で注目を集める。
※4. Raoul Dufy(ラウル・デュフィ/1877〜1953年): フランスの画家・版画家・テキスタイルデザイナー
※5. Sterling Ruby(スターリング・ルビー): 1972年生まれの現代美術家・ファッションデザイナー。絵画、彫刻、陶芸、テキスタイルなどの幅広い表現を手掛け、現代美術とファッションの境界を超えて活動。特にラフシモンズとの協働が有名。
※6. Michel Anasse(ミシェル・アナス/1935〜2020年):フランスの陶芸家・彫刻家。陶芸、鉄、ブロンズ、石、木など多様な素材を扱い、独創的な作品を制作。
※7. Giuseppe Penone(ジュゼッペ・ペノーネ):1947年生まれのイタリアの彫刻家・現代美術家。人間の顔の部位をかたどったジャガイモの鋳造作品「Patate」は1977年に制作された作品。
PROFILE
1969年生まれ。パリ20区に拠点を置く ATELIER PHILIPPE GRAND の代表。ファッションジュエリーや装飾品を制作するパリュリエ。パリの名門美術工芸学校、エコール・ブールで金銀細工を学ぶ。1991年、クチュールメゾンに製品を提供していたデザイナー兼メーカーのユレル夫妻との出会いを通じて、ファッションアクセサリーの装飾制作の道へ。1998年に独立すると、パリでコレクションを出展。ルイ・ヴィトンをはじめ、クリスチャン・ラクロワ、シャネル、セリーヌ、J.P.ゴルチエ、ジバンシィ、ディオール、バレンシアガ、サンローランなど数々の有名メゾンの制作に携わる。
- ARTIST
Philippe Grand
- DELIVERY
2026年11月20日(金)
- STORES