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Interview with Masao Kozumi

ガラス作家・小澄正雄さんの器には、静かな時間の気配があります。古いものを直接写すのではなく、その周りに纏う空気を大切にすることから生まれる情感。難しい表現に挑み、完成へと導く技術と、絶えず研究を重ねる姿勢。岐阜の工房でものづくりに向き合う小澄さんに、その背景にある考えを伺いました。

山あいの窯場から

  • 岐阜のこの場所に工房を構えて、もう10年になるそうですね。

    • 小澄(以下K)

      そうですね、10年くらい経ちました。もともと富山県の東部、新潟との県境に近い町で10年ほど作業をしていて、自分の窯を持ちたいと思い立ち場所を探しはじめたんです。溶接や金属加工の音が出るので、住宅が密集していない場所がよくて。富山県内から、金沢、小松、福井……と3年近く範囲を広げながら探して、最後はネットでたまたまここを見つけました。

  • 移り住んでみて、この土地の環境に何か影響を受けている実感はありますか?

    • K

      自分自身、熊本の随分と田舎の出身で、正直“田舎”はあまり好きではなかったんです。だから最初は、この土地から作品に影響を受けているという感覚はないと思っていました。でも今の歳になってみると、作業の合間に窓を開けて山が見えたりすると、少しは影響を受けているのかもしれないと感じます。自然が好きでここを選んだわけではないんですが、とても住みやすい場所ではありますね。

ガラスと対話する手

  • 使っているガラスの素材そのものを見直された時期があったそうですね。

    • K

      もともとは不純物のない、無色透明で綺麗な工芸用のガラスを使っていました。でも自分がやりたかった“型吹き”という技法では、そのガラスは冷めるまでの時間が長くて、型に入れてもすぐに形がグニャッと変わってしまう。もっとカチッと早く冷めてくれる素材はないかと考えて、窓ガラスや瓶に近い、工業用に近いガラスにたどり着きました。色や泡の雰囲気に惹かれてこの素材を選んだわけではなく、作りたいものにたまたま合う原料を探していった結果です。今も原料の配合は少しずつ変えながら試しています。この“型吹き”自体、江戸時代の技法を手本にしているものです。

  • “江戸時代の型吹き”という技法にたどり着いた経緯を教えてください。

    • K

      あるギャラリーの店主の方に、自分の作品を見て「和ガラス」という言葉を受けたのがきっかけでした。それまでは自分の中で“日本”を意識したことはなく、むしろ李朝のやきものの形をガラスに写すような仕事が多かったんです。「和ガラスって、、?」と思って調べていくうちに、日本にも非常に独特なガラス文化があった時代があると知りました。それが江戸時代のガラスです。当時の型吹きも量産の技術のひとつだと思い込んでいたんですが、実際にやってみると全く歯が立たない。100個作っても1個もうまくいかないくらいで、明治以降の型吹きとは技法もそうですが、それ以上に考え方自体が違うんだとそこで気づきました。江戸時代のガラスは鉛を使った素材で、木炭で溶かしていた。今の自分の環境とはまったく違いますが、当時の職人がどう作っていたかを想像しながらものをつくっています。

  • 今回の新作は、薬瓶をモチーフにされたそうですね。

    • K

      茶色の薬瓶に魅力を感じて、古い薬瓶をいろいろ調べるところからはじめました。ただ、あまり“薬瓶”そのものに寄せすぎないように、酒の瓶であることを意識しています。側面にガラスの種でスタンプを押しているんですが、これは古い時代、ジンやワインの瓶などに、醸造所や持ち主の名前が押されているものを参考にして、今回、薬瓶の側面に押すような形にしました。

  • 瓶以外にも、セットで作られたものがあるそうですね。

    • K

      瓶と、ジンを移し替えるための漏斗を同じ茶色いガラスで作りました。それに合わせて、ショットグラス、ロックグラス、それから炭酸で割って飲めるような、小ぶりなグラスも作っています。

  • 制作の過程で、特に難しかった部分はありますか?

    • K

      今回、初めてガラスの蓋に挑戦しました。普段はコルクにガラスをくっつけたシェルコルクという蓋を使っているんですが、当時の薬瓶には、瓶本体にガラスの蓋が直接刺さっているものが多かったので、それをやってみようと思ったんです。口の部分と蓋のサイズを合わせるのに、なかなか苦戦しました。

ものが纏う、時間の気配

  • 江戸時代の技法を手本にされているというお話がありましたが、惹かれているのは技法そのものだけではなさそうですね。

    • K

      古いものそのものというより、その周りを纏っている空気に惹かれるんだと思います。家具であれば、当時どうやって使っていたんだろうとか、器であれば、なぜこの形なんだろう、なぜここに金箔が貼ってあるんだろうとか。手本にしている技法も江戸時代のものなので、当時のガラスそのものを見ることはもちろんありますが、それに加えて、どんな人たちが作っていたんだろう、どんな生活をしていたんだろう、という当時の暮らしや環境にも興味があります。家具や器、文献などから、そうした周りのことも勉強しながら、今の生活に合うものを自分でも作れたら、と思っています。

  • 形をつくるときに、あえて図面を書かないと伺いました。

    • K

      高さや口径をミリ単位で図面に起こしてしまうと、それが自分の中で“答え”になってしまう気がして、あえて細かく決めないようにしています。頭の中にあるのは、ものの周りに纏っている空気のようなものです。考えは変わっていくものの中で、形の機微や空気感などという後からの気づきに対応できる余地を残しておきたい。

       

      お客さんに渡してからの使われ方についても似た感覚で、器の結論した説明をしすぎると、見る人の想像の余白を奪ってしまう気がしています。実際、僕が想像もしていなかった使い方をしてもらえることがあって、それはすごく嬉しいことです。

  • “ものに心を纏わせることに価値がある”というお話もされていましたね。

    • K

      そういう器が作れればいいなという理想です。自分が作ったものが実際にそういう雰囲気を持っているとは、なかなか自分では言えないですが、意識はしているつもりです。ただ、空気を纏わせることばかりを考えていても仕方がなくて、最終的にはやっぱりものとしてきちんと成立させることが大事だと思っています。

静けさの奥にある強さ

  • “ものとしての説得力”を大切にしているのでしょうか?

    • K

      素材の特徴としてガラス独自の透明である事やリフレクションの豊富さが稚拙な作品もガラスという素材によってアート作品や工芸作品に成り立ち易く、素材の力に頼り過ぎる危険性があると感じます。工芸の技術やテクニックをあまり深く考えなくても、それなりに綺麗な器ができてしまう。水がこぼれなければコップとして成立してしまうので。だからこそ、技術や背景といった工芸的な要素を組み合わせて、素材の魅力だけに頼らないものとして成立させることを意識しています。ガラスらしい表現の方法とは何かを考えながら、同時にそれをあまり押し出しすぎないようにする。そのバランスをいつも試行錯誤しています。

  • 空気感や余白を残すことと、ものとして成立させることは、どう両立しているのでしょうか?

    • K

      余白を残すといっても、なんでもいいというわけではなくて、そこはやっぱり技術、背景といった工芸的な部分で下支えしないと、ものとして成立しないと思っています。素材の魅力にただ乗っかるのではなく、かといって型にはめすぎるのでもなく。そのあいだをずっと探りながら作っている感覚です。

  • ご自身の作品について“いいものができた”と感じることはありますか?

    • K

      ほとんどありません。調子よく作業が進んで満足感があっても、そういう時の翌朝は窯を開けると落胆するばかりです。だから自分に酔わないように、ものに酔わないように、自制しながら作っています。

  • ご自身のことを、今どんなふうに捉えていますか?

    • K

      いわゆる職人や工人と呼ばれる方々のように、縄文から江戸時代、脈々と糸を紡いできた作り手の、今現代にいる一人という感覚ではあります。でも、作家という感じでもないかもしれない。“作家”や“工芸家”というのも、自分では説明が難しいです。いにしえから今まで続いてきた、今作っている人、という感じでしょうか。“職人”や“工人”という言葉には憧れがあって、そう呼ばれる日を、これからの目標にしたいと思っています。ガラスも、これで完成だと固定してしまわずに、変わっていける余白をこれからも残しておきたい。ものとしての説得力を保ちながら、そのバランスを探り続けた先に、まだ見ぬ景色があるような気がしています。

PROFILE

ガラス作家。1979年熊本県生まれ。富山ガラス造形研究所を卒業後、2005年より富山県にて制作をはじめる。現在は岐阜県に工房を構え、個展を中心に作品を発表。A&Sの一部店舗では、内装に彼の手がけたガラス作品が用いられている。

ARTIST

小澄正雄