
〈ESSENTIALS〉プロジェクトの始まり
- 今回のプロジェクトに至った経緯についてお聞かせください。
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Leander Angerer(以下L)
2019年、パリでARTS&SCIENCE(*以後A&S)のオーナーであるソニアさんに初めてお会いしました。当時は、まだ具体的な計画があったわけではありませんが「ものがどのように作られ、世の中に届けられるべきか」という価値観に深く共鳴するものを感じました。以前から服に強い関心を持っていたこともあり、A&Sとの出会いは、まだ駆け出しだった自分にとって大きな刺激となりました。
ちょうどその頃、RACING ATELIER(以下R.A)として〈Rucksack#1〉の制作に取り組んでおり、バックパック・ジャケット・ブーツによる3部作の構想が頭の中にありました。それぞれが補完し合いながら、ひとつの全体像を形づくるイメージがあり、いつかこのプロジェクトを実現したいという思いを抱き続けてきました。その後、A&Sとの関係性が築かれ互いへの理解も深まっていきました。そんな折、“服”という領域において、自分のアプローチを活かす機会をA&Sからいただきました。これが、今回の〈ESSENTIALS〉プロジェクトの出発点となったのです。
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- セントラル・セント・マーチンズ在学中に発表された《Hama ned z’vui – Drong ma ned z’schwaar》の研究が、このプロジェクトに深く関わっているように感じました。
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L
このプロジェクトの根底には、間違いなく《Hama ned z’vui – Drong ma ned z’schwaar》の存在があります。これは、2012年にセントラル・セント・マーチンズでの修士論文としてまとめた一冊であり、そこに込めた思考や視点は、今もなお私のものづくりの核となっています。もちろんその後の経験を通して、新たな視点やアプローチが加わっていますが、当時の探究は今でも自分の中で生き続けています。
〈ESSENTIALS〉というプロジェクト名も、こうした過程の中から自然と現れてきたものです。「本当に必要なものとは何か」「柔軟に使える汎用性とは」「服を通して何を伝えるべきか」といった問いが背景にあります。これらの重層的なテーマを、1枚ずつレイヤーを剥がすように丁寧に紐解いていくことで、プロジェクトの輪郭が次第に明確になっていきました。
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デザインに込めた想い

- コンセプトにおいて意識したことは何ですか?
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L
もっとも意識したのは、A&SとR.A、それぞれの強みを自然に融合させることでした。私ひとりではここまで完成度の高い服はつくれませんし、私が加わることでA&Sにも新たな表現の可能性が生まれる。その相互作用こそが、このコラボレーションの価値だと感じています。
A&Sの上質な素材と細やかな生産体制。そして、私がR.Aとして取り組んできた都市とアウトドアの間にある独自の視点と機能性。この2つが交差したところに〈ESSENTIALS〉の魅力があります。
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- 特に重要視されたのはどのような点でしょうか?
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L
レイヤリング(重ね着)の構想です。アノラック、アウターシャツ、インサレーションベスト、インナーシャツという4アイテムは、それぞれ単体でも成立しながら、重ねることで新たな調和が生まれるよう設計しています。
丈のバランスやポケットの配置など、視覚的な美しさと同時に、重ね着の快適さや実用性にも配慮しました。異なる素材が生み出す“触感のレイヤー”も、このシステムの面白さのひとつです。とりわけ難しかったのはベストのデザインでした。他のアイテムと美しく機能的に調和させるために試作を重ねました。
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- 素材や仕立てについては、どのようなアプローチでしたか?
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L
このコレクションでは、GORE-TEXのようなハイスペック素材と競うのではなく、繊細で洗練された生地を使いながらも、日常生活に十分耐えうる強度と自由な動きを備えた機能性を実現したいと考えました。
4つのアイテムを通じて伝えたかったのは、日常に寄り添う実用性と、それを損なわない洗練された佇まいです。“快適さ”や“機能性”とは何かを見つめ直すきっかけとなり、選び抜かれた素材と真摯なものづくりがその答えのひとつになればと願っています。
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A&Sとのコラボレーションについて。思考と技術の対話から生まれたもの

- 特に印象的だったやりとりはありましたか?
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L
このプロジェクト全体が深く記憶に残る体験となりました。A&Sのものづくりチームと取り組む中で、構造やフィット感に優れた服とは何か、その本質を日々のやりとりを通じて学ぶことができました。特に印象に残っているのは、自分のデザイン的視点と、A&Sが大切にする“見えにくい価値”との間でバランスを探り続けたプロセスです。仕立ての精度や素材選び、パターンの微細な調整など、表には現れにくい要素が全体の完成度に深く関わっている。その重要性を実感した日々でした。
私のデザインは、構造と機能性を出発点とし、そこから自然に美しさが導かれるという考え方です。そうした意味で、“デザイナーとしてのR.A”と“つくり手としてのA&S”は分かれて存在しているのではなく、互いに視点を交わし補い合う関係にあると感じました。このプロジェクトに命が宿ったとすれば、それはまさに、その対話の中から生まれたものだと思います。
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- 〈ESSENTIALS〉とは、あなたにとってどのような意味を持ちますか?
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L
ふたつの意味があります。ひとつ目は、日々を快適に過ごすための汎用性と機能性を兼ね備えた“基本的な服”であること。ふたつ目は「私たちは本当にどれだけのものを必要としているのか?」という問いかけです。これらは、ものの選び方や装いに対する新たな視点をもたらすきっかけになると考えています。
この4アイテムは、機能性と美しさの両面から“最低限必要なもの”のあり方を提示しています。ただし、「ものを減らすべきだ」という主張ではありません。選び・重ね・使うという過程を通じて、その背景にあるつくり手の思想や意図に触れてもらい“別の視点”を提供できたらと考えています。
〈ESSENTIALS〉という言葉は、構造やデザインにおいてもひとつの姿勢を表しています。たくさんの要素を選び取り無駄を削ぎ落とすことで、全体として洗練された佇まいにまとめ上げていく。その積み重ねこそがこのプロジェクトの本質であり、私にとっての〈ESSENTIALS〉なのだと思います。
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「意味のあるものづくり」を続けていくために
- 探求したいテーマはありますか?
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L
まずは、プロジェクトに込めた思考が使い手に届くことを願っています。最終的に私が目指しているのは、バックパックであれ服であれ、身につける人にとって“意味のあるもの”をつくることです。その観点からも、A&Sとのコラボレーションは非常に価値のあるアプローチだと感じています。この取り組みを、今後も継続的な対話として育てていけたら嬉しいですね。
最初にお話ししましたが、私にはバックパック・ジャケット・ブーツという3部作の構想があります。今回の〈ESSENTIALS〉では、バックパックに続き、ジャケット(アノラック)が加わりました。次は何か?——おそらく、ブーツかもしれませんね。笑。
最後になりますが、この機会をくださり、信頼を寄せてくれたソニアさんとA&Sのチームに心からの感謝を。この経験を通して多くを学ぶことができました。ローンチがとても楽しみです。
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