3RD STORY - 3 Button Work Jacket × 現代美術作家・杉本博司
私は還暦をだいぶ過ぎた頃、ソニアによって花咲じじいにされてしまった。春から夏の旅には桜色に染めたジャケットを必ず着るようになったのだ。旅は軽くが私の流儀、2ヶ月の旅にジャケットは一つだ。私はベニスの個展オープニングにこのジャケットを羽織る。ノルマンディーでの撮影に海岸線を辿る時もこの桜色が潮風を受ける。ある日のパリの日曜日、私は蚤の市に出かけてフォーチュニーの古裂を買った。現金を払って品物を受け取りしばらく歩くと、婆さんが叫びながら追いかけてきた。ピンクのムッシューとフランス語で叫んでいる。お金をもらってないという、どうやらこの辺りで名の知れたアルツ婆さんらしい。桜色は目立つのだ。
私は来る年も来る年も着続けて5年ほどで着倒してしまった。旅先で水洗いして陰干ししながら旅を続ける、アイロンもいらない。私から色香が消えていくと同時に、このジャケットの色気も褪せていった。このジャケットは私の皮膚だったのだ。そしてついに袖が擦り切れる時が来た。いくらアーティストだと虚勢を張って着ていてもポケットの底もついに抜けてしまった。その頃私は書に目覚めた。この色褪せた桜色の裂を愛しんで、私はこの裂を表具裂に使うことにした。私は本末転倒が好みだ。表具裂を選んでから表装されるべき「書」を書いた。私は「着服」を揮毫した。
考えてみればアーティストとは虚業だ。それは価値を捏造する仕事だ、「美」という価値を。私は美を着服しながら生きてきた。ではどこから盗んだというのだろう、それは神と言っても神秘と言っても偏在と言ってもよいだろうか。この桜色のジャケットは私の生身に替わって、今、着服が着ている。
最近になってこの桜色を「杉桜」と銘打ってソニアが再現してくれることになった。私は西行の名歌を思い出した。
願はくば花のもとにて春死なむそのきさらぎの望月の頃
真冬でさえも、どんな季節にいても、この桜色のジャケットさえあれば、願い通りに死ねると思うと、私は長生きできそうな予感がする。
PROFILE
杉本博司
1948年東京生まれ。1970 年に渡米、1974 年よりニューヨーク在住。活動分野は写真、建築、造園、彫 刻、執筆、古美術蒐集、舞台芸術、書、作陶、料理と多岐にわたり、世界のアートシーンにおいて地位を確立してきた。自身のアートは歴史と存在の一過性をテーマとし、そこには経験主義と形而上学の知見をも って西洋と東洋との狭間に観念の橋渡しをしようとする意図があり、時間の性質、人間の知覚、意識の起源、といったテーマを探求している。作品は、メトロポリタン美術館(NY)やポンピドゥセンター(パリ) など世界有数の美術館に収蔵。代表作に『海景』、『劇場』、『建築』シリーズなど。
3 Button Work Jacket
- MATERIAL
100% linen
- SIZE
2, 3
- COLOR
Sugi-sakura
- PRICE
¥105,600 (¥96,000 excl. tax)
- STORES
- DELIVERY
2024年4月中旬予定
- NOTE
No collar standard shirt、Straight easy pantsも展開