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Behind the Scenes – MARQUESS

「一見するとベーシックで控えめ、かつ品がある。そういう靴を作りたかったんです。」
そう語るのは、銀座を拠点にするビスポーク・シューズブランド〈MARQUESS〉の川口昭司氏。〈フォスター&サン〉や〈エドワード グリーン〉など、由緒ある英国のビスポークシューメーカーで活躍し、国内外から高く評価されている靴職人である。A&Sのために彼が製作したのはレディスの既製靴。これまでメンズのビスポーク主体だった彼がレディスシューズを作るに至った経緯とは?この新たな取り組みの裏側を〈Behind the Scenes〉と題してご紹介します。

The Roots

10代の頃からイギリスのファッションやカルチャーに傾倒していた川口氏は、地元の大学を卒業後、トレシャム・インスティテュートという職業訓練校に入学。〈ジョンロブ〉や〈エドワードグリーン〉など、数多くの老舗紳士靴メーカーが集結する英国靴の聖地ノーザンプトンにあり、そこで靴作りの基礎を知識なしの状態から学んだ。ただ、ここで培った技術は量産型のシューズ作り。ビスポークシューズに目覚めたのは、シューミュージアムで出合った1足がきっかけだったという。1920年〜30年代製のシンプルなオックスフォードで、纏っているオーラが他の靴とは明らかに違った。レザーの表情、フォルム、デザイン、ラストのバランス。控えめであるが品格がある。こんなすごいものが人の手で作れるのかと圧倒された川口氏は、ビスポークの世界へと一気にのめり込んでいった。

 

2003年に卒業すると、在学中に知り合った妻の由利子さんとともに名門ビスポークシューズブランド〈ジョージクレバリー〉から靴作りを依頼されていた職人のポール・ウィルソンに師事。ビスポークをゼロから習得していった。そもそも、ビスポークとはお客様と会って細かく採寸をして木型を製作し、嗜好を聞いてモデルや素材を決めるフルオーダー。フィッティングに対するこだわりも強く、それまで以上にやりがいを感じたという。2007年には、師匠が請け負っていた靴作りを一任されるほどになり、フリーランスとなって拠点をロンドンに移してからは、〈エドワードグリーン〉のビスポーク部門の総責任者であったトニー・ガジアーノのチームの一員として働くことに。2008年に帰国してからも継続して〈ガジアーノ&ガーリング〉で外注の職人としてキャリアを重ね、3年後の2011年に満を持して〈MARQUESS〉のアトリエを東京に開いた。

The Work

ビスポークシューズはどのような段階を経て完成するのだろう。〈MARQUESS〉の場合は注文を受けてから完成するまで1年以上かかるという。工程を聞くと、その期間の長さも深く頷けた。まず、足の幅や長さを細かく数値化して木型に落とし込む。丸2日程かけて削り、完成したらそこで“捨て靴”を作る。これこそがビスポークにしかない工程だ。“捨て靴”とは本番で使用する革と特性が近い素材を使用したサイズ確認のためのシューズのこと。それが出来上がったら試し履きをしてもらい、ストレスがかかる箇所を入念に調べる。甲やつま先に大胆に切り込みを入れ、指やかかとの収まり具合を確認してから木型自体をミリ単位で補正していく。革選びにおいては、カーフやスウェード、クロコダイルやリザードなど多種多様。素材によって伸縮率が異なり、革自体にも伸びる方向と伸びない方向がある。それをいかに見極めることが重要だと川口氏は言う。仕上げもハンドソーンウェルテッド製法ですべてが手作業で行われ、ようやく1年後に出来上がり全行程が終了する。その後、時間の経過で足の形が変化したとしても、ラストがあるため調整も可能だという。これほどまでにオンリーワンの靴が出来上がるまでには時間と労力がかかるということもあり、一度に注文できるのは1足だけ。ソニアが川口氏にオーダーしたのは今から約2年前のこと。フィッティングの素晴らしさのみならず、その凛としたフォルムにも魅了された。

 

「モンクストラップシューズをオーダーしたんですが、とにかく驚いたのは履き始めの心地よさ。届いた初日からすでに馴染んでいるような、足全体を優しく包み込む感覚でした。また、トラディショナルなデザインなのに、品があってプロダクトとして美しい。木型のシェイプ、パターンのバランス、革の質、縫製、底付け、それらすべての要素が揃ってこその美しさだと履いて実感しました。感動してすぐに2足目のスリッポンをお願いし、同時に、レディスにもこういうフィッティングの素晴らしいシューズがあったらと強く思いました」
この数ヶ月後から〈MARQUESS〉とA&Sの新しい取り組みがスタートした。

The Story

これまでメンズのビスポーク一筋だった川口氏によるレディスの既製靴作りは、A&Sの女性スタッフの足のサイズを計測することから始まった。そのデータをもとに、誰の足にでも合う靴を目指したが、どうしても納得のいくフォルムに仕上がらない。足の形は体型と同様に千差万別で、人それぞれが違う。悩んだ末に、特にバランスとプロポーションのいい1人の足型を基準にするという発想の転換をはかり、1年近くの時間を調整のために費やした。今回のサイズオーダーの場合、レングスのバリエーションはUK3〜6.5まで展開するが、足幅は選べない。足幅で合わせてハーフサイズ上を選んだ場合、踵にその部分の余裕ができてしまう、というのが課題だった。そこで川口氏が考えたのが、ハーフサイズ上げた場合でも、足が前に滑らないように甲部分に立体的なカーブをつけて足の動きを固定させる木型である。甲の部分から指の付け根の部分にかけてぐいっと落ちているのが見てとれるが、それこそがこの木型の特徴でしっかりとホールドされる。同時に、その強い勾配が、シルエットの立体感と曲線の上品さを際立たせる役目も果たしている。そして完成したのが全7型。履き始めは軽やかに、あくまで控えめにしたい、という理由で、ソールはコバの主張が強いグッドイヤー製法ではなく、アッパーとの一体感が出るマッケイ製法。一見クラシックな紳士靴のようだが違う。華奢なシェイプと繊細なラインに、凛とした女性の美しさが見え隠れしている。

MESSAGE

From Shoji Kawaguchi(MARQUESS)

私はイギリスにいた頃、長年履き込まれて愛着がたっぷり詰まった靴をたくさん見てきました。大切に履き続けるという文化が、美しいと思いました。
この取り組みを始めようと思ったきっかけは、単に商品としての靴を売るだけではなく、大事な一足と長く付き合うという価値観を根付かせたい、そして、それをお客様にしっかりと伝えていただけるのはアーツ&サイエンスだと感じたからです。心がけたことは、アーツ&サイエンスと一緒に作ることでしか生まれない靴づくり。私にとってワクワクしながら創作できることは、とても幸せなことです。まだ始まったばかりですが、現段階では黒靴のオーダーが多いのが印象的です。私自身も黒靴は好きで、黒のレザーだけでもブラックカーフ、アンティークブラックカーフ、スエード、ブラックカーフの型押しなど、さまざまな黒革をご用意しております。ヨーロッパには本当に素晴らしい革があります。今後、多種多様な革を使った靴の提案や、素材の魅力を皆様にお伝えしていくのも楽しみですし、私自身もアーツ&サイエンスと取り組むなかで、1人の職人として成長していきたいと思っています。

From ARTS&SCIENCE

〈MARQUESS〉川口さんと作り上げたこれらの靴は、足のサイズをきちんと把握し、ベストにフィットするものを選んでいただきたいという思いを込めて、まず、お客様の足のサイズを計測させていただきます。そして、履き潰したら買い替えるのではなく、長く愛用するということも伝えていけたらと考え、ケアや保管方法などもお伝えし修理にも対応いたします。現在の7型はオーセンティックなデザインですが、今後はエキゾチックレザーを使用したものやヒールにもトライできればと考えています。この社会ではたくさんの靴が量産されています。川口さんの靴づくりは、潮流に逆らっているように映るかもしれません。しかし、作り手の思いが詰まった靴を、ケアと修理をしながらずっと大切に履き続けるということは、結果的にエコロジーに繋がりますし、無駄のない豊かな選択だと思います。

A&Sからのお願い。

今回の取り組みは、一から作りこむビスポークではなく、サイズと革が選べるセミオーダーです。 しっかり採寸したとしても、すべての方の足型に合うという保証はできません。中敷の提案など、できる限りのことをさせていただきますが、オーダーをお勧めしない場合もございます。どうかご了承ください。今後は別の木型での靴作りも考えていますので、いつの日かご自身にふさわしい1足との出会いがありますように。この取り組みが、“自分にフィットする靴のかたち”を考えるきっかけになれば嬉しいです。

PROFILE

川口昭司/Shoji Kawaguchi

マーキス ビスポークシューズデザイナー

1980年 福岡県生まれ
2002年 大学卒業後、トレシャムインスティテュートに進学
2003年 ポール・ウィルソンに師事
2007年 フリーランスとなる
2008年 帰国
2011年 文京区江戸川橋で〈MARQUESS〉設立
2017年 銀座に移転