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A&S(以下A)
先日、フランスにて芸術文化勲章のシュバリエを授与されたそうですね。おめでとうございます。素晴らしいことですね。
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田根(以下T)
ありがとうございます。これまでのフランスにおける一連の活動と国外建築賞グランプリなどの功績が認められ、元フランス文化省長官のジャック・ラング氏から授与して頂きました。フランスを拠点にしている建築家である自分が、国内外に限らず建築の仕事としてフランスの文化を世界に広げたということで。国籍を問わず、拠点を持っていれば審査対象になるそうです。
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A
こういったところはさすがフランスだと感じます。国籍や人種に関係なく評価されるのですね。
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T
拠点がフランスに在れば日本人であってもフランスの文化を世界に発信したと捉えてくれるんですよね。パリで手がけたHotel de la Marineも評価されたようで。この芸術文化勲章は三階級に分かれていまして、今回私に授与された シュヴァリエ、その上にオフィシエ、コマンドゥールとあります。
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A
次は、オフィシエを目指して尽力されるわけですね。
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T
できる仕事をしっかりとやっていきたいと思います。
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田根さんとA&Sのオーナーであるソニア パークとの出会い、そしてA&S青山の内装を手がけることになった経緯やコンセプトとは
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A
それでは、A&Sにまつわるお話をうかがわせてください。たしか、田根さんとソニアが初めて会ったのは京都だったと聞いております。ソニアは無類の建築好きで。建築に携わる方々との会話で、頻繁に田根さんのお名前を耳にしていたそうです。京都のパーティーで田根さんへご挨拶して、その後すぐにA&S青山の物件との出会いがあり、即オファーさせて頂いたということでした。
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T
そうなんです。ソニアさんがA&S青山の物件を決める!というタイミングでした。丁度、DOWN THE STAIRSで懇意にしている方々が集まる会があって。みんなでワイワイしていた時に、ちょっと、ちょっと、みたいな感じで外に呼ばれてお話しくださいました。ただ、当時は私の方がちょうど二つの展覧会をほぼ同時に動かさなくてはいけない時期で、かなり余裕がなくて・・・。「すごく嬉しいのですが、すぐには着手できそうにないのでお時間を頂けますか?」という相談をしたところ、待ってくださるというお返事を頂きました。
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A
物件を決めてからしばらく待たせて頂きましたね。ちなみに、こういったブティックの内装を手掛けられたのはA&S青山が初めてですか?
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T
ひとつのブランドのお店というのは初めてです。実は私の場合、そもそも内装の依頼自体が少なくて。オーナーご本人が是非とおっしゃってくださる案件はやらせてもらったりしていますが。ただ、企業だったりすると、どうしても相手の顔が見えにくい部分があって。ソニアさんだったら直にやり取りもできますし、なにより人柄を理解しているのでやってみたいと思いました。あとは、お店は商売として成り立たせなくてはいけないじゃないですか。でも、それだけではない別の価値をソニアさんが持っていらっしゃって。お客さまに買い物自体を愉しんでもらう時間や空間のことや、扱っている品々のストーリーをきちんと伝えるクオリティーを非常に大切にされているんですよね。こういったところを含めて、まずは全体のコンセプトを考えつつ、作りながらやってみようと。こういう流れはあまりないケースでした。
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A
ソニアのお店づくりは、内装を手がけてくださる建築家やインテリアデザイナーとのコラボレーションでもあります。これまでのお店では、ここはこうして頂きたいというお願いをすることもありました。今回はA&Sの色が出過ぎないようにしたいという考えで、あえてオーダーはせずに田根さんへお願いしたんです。
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T
そうだったんですか!
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A
これまでが割と小さな空間でのお店づくりが多かったこともあると思います。このA&S青山のサイズ感はソニアも未知数だと感じていたようで。“らしさ”はあえて考えて頂かない方向でお任せしたそうです。
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T
ソニアさんと話し合っているなかで「ここは、もうちょっとこうしてくれると嬉しい」というようなことはもちろんありました。お店における使い勝手の部分はやはり意見をもらいたかったので。ただ、とにかく対話をしながらやってみるという感じでしたね。話して、直に見てもらって、工事段階で「この位置にこういうもの取り入れるのはどうですか?」とか。こう、ライブ感溢れるといいますか。
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A
お話ししていて思ったのですが、住宅とお店の一番の違いは不特定多数の方に見てもらう場所ですよね。 プライベートな場である住宅は一定の人だけに見せる空間で。でも、お店はある意味パブリックな場所といいますか。美術館ではないですが、それに近いですよね。
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T
誰でも来ることができる場所ですよね。建築家やデザイナーのクリエイティブな仕事をいつでもで見られるわけです。ソニアさんが「買い物こそ文化」とおっしゃっていたのですが、こういうことを含んでいるんだなと思いました。そういうお店を任されたのは光栄です。
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A
A&S青山は2019年に場所を新たにオープンしました。コンセプトは“線と曲線のデザインを持つ二階建ての店”ということでしたね。初期構想の段階からあったイメージだったのでしょうか?
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T
まず、ブランド名がアーツ&サイエンスであるところに着目しました。一階は街や地面と繋がっていて、入店したら別の世界があるというイメージが浮かんだので都会的な直線にして。あとは、サイエンスを切り口に幾何学的にしていこうと考えました。そして、二階はアートを軸にして、一階とは逆に曲線のある緩やかで角のないスペースにしました。一階は街との繋がりを意識してグレーに、二階は落ち着きと温かみのあるブラウンにして切り替えを持たせています。アートとサイエンスを融合させながら、それぞれのフロアで居心地や雰囲気を変えた提案をしました。
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A
改めてうかがってみて、コンセプトの深さに驚きました。建築を手掛けられる際は、考古学的なリサーチからベースとなるコンセプトを考えていらっしゃるイメージがあります。今回は内装でしたが、そういった解釈はありましたか?
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T
はい。今回もリサーチをしています。西洋のルネッサンスまでは、アートとサイエンスって元々は学術的に分かれているものではなかったんですよね。このふたつの要素がまだ分かれていなかった時代から、なぜ分かれてしまったのかを調べたりして。そうして、アートからサイエンスまで、全ての美しいものはひとつの美意識で繋がっているという考えに基づいて掘り下げ、アートの自由を表す幾何学の原理“Arc”と科学の“Straight”をデザインコンセプトにしました。
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A
場所というより、アーツ&サイエンスというお店の名前からリサーチされたということですね。
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T
そうです。名前に特別な意味があると感じたので。A&Sのゆるぎない物づくりから生じる服や小物が引き立つような空間にしたかったので、照明や什器も工夫しましたね。
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A
そこから…三年と半年でリニューアルに踏み切りました。このお話があった時には驚かれませんでしたか?
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T
びっくりしました(笑)最初に他のお店を全て拝見して、お店の名前を大々的に出すような感じではないと感じていて。路地裏にある素敵なお店というイメージがあったので、あまり表には見えない造りにしたんです。この建物自体がちょっと複雑だったこともあり、どうやったらうまく表現できるかを考えました。そしたら、ある時「ちょっと変えましょう」というお話を頂いて(笑)竣工してまだ三年半だったので「ちょっと」の度合いと「変えましょう」の理由をうかがいながら、リニューアルに向けて動いていきました。
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A
リニューアル前のしつらえはソニアからの提案でもありましたから。これには、新型コロナウイルス感染症のパンデミックを経たことが大きく関係しているんです。良さだと思っていたエントランスの閉じた印象に疑問を感じるようになって。開放的な方が良いのかもしれない、と。このあたりはソニアも悩んでいましたね。色々と田根さんに相談させて頂いて、今のお店の提案をあげてくださったんですよね。
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T
この時は方向性の決定がとても早かったですね。道筋を決めるまでにたくさんのやり取りをしていたこともありますが。最初のほうはかなり守りの提案ばかりしていました。
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A
費用や時間の面を含めて色々と考えてくださって。結果として、もうやってしまいましょう!となりましたね。このリニューアルではどのようなところを意識されましたか?
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T
お店って生き物の様ですね。完成はなくて、常に活き活きしている状態を探すのは勉強になりました。最初は「こうしなきゃ」という気持ちが強くて、やや守り気味だったんですよ。エントランスも含め、たとえばフィッティングルームもちゃんと閉じていないといけないと思っていたり。お話をうかがっていくうちにオープンなイメージにしても大丈夫!ということが分かったので、エントランスを開いて全体的に解放感をだして。こうすることで自然光が入り店内が明るくなり、視覚的に気持ちの良い空間になりました。あとは、一階と二階で空間イメージの違いをだして、異なるお店のような驚きを感じてもらえるようにしました。まさに、買い物の先にある文化に触れることができる空間を目指したといいますか。元々の仕様を考慮しながら、最大限活かせることができたと思っています。少し悔いがあった部分にも手を入れることができましたし(笑)
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A
お店としてお客さまをお迎えしてから見えてくること、気づいたことがありましたね。リニューアルを経て「こんな家に住みたい!」というお声をお客さまからたくさん頂戴します。特に二階はアットホームな印象になりましたよね。
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T
二階にカーペットを敷いたのが功を奏しました。これにより2階の印象が柔らかくなって、ブラウンの質がぐっと上がったように感じています。そして、お客さまが入ることで空間の在り方が見えてくるというのは本当にその通りで。今度また、エントランスを変えようと言われたら困りますけども。ちょっと人が入りすぎちゃって困るからとか言って(笑)
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A
それはないはずです(笑)常に何事も勉強ですね。実際にお店をあけてみて、たくさんの気づきがありました。
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〈Interview with Tsuyoshi Tane – vol.2〉では、建築家・田根剛さんのお仕事について感じていることについて伺います。
PROFILE
田根剛
建築家。1979年東京生まれ。ATTA – Atelier Tsuyoshi Tane Architectsを設立、フランス・パリを拠点に活動。場所の記憶から建築をつくる「Archaeology of the Future」をコンセプトに、現在ヨーロッパと日本を中心に世界各地で多数のプロジェクトが進行中。主な作品に『エストニア国立博物館』(2016)、『弘前れんが倉庫美術館』(2020)、『アルサーニ・コレクション財団・美術館』(2021)、『Vitra – Tane Garden House』(2023)、『帝国ホテル 東京・新本館』(2036年完成予定)など多数。フランス国外建築賞グランプリ2021、フランス建築アカデミー新人賞、エストニア文化基金賞グランプリ、ミース・ファン・デル・ローエ欧州賞2017ノミネート、第67回芸術選奨文部科学大臣新人賞、フランス芸術文化勲章シュヴァリエ 2022など多数受賞 。著書に『TSUYOSHI TANE Archaeology of the Future』(TOTO出版)、『弘前れんが倉庫美術館』(PIE International)など。