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Behind the Scenes – Ernst Gamperl

A&Sでは2010年からご案内しているウッドターナー・エルンスト・ガンペールの現在に至るまで、制作背景や素材へのこだわり、A&Sとの出会いまでをご紹介します。

The Work

素材への配慮

ウッドターニングによる制作に取り組みはじめた頃、エルンスト・ガンペールは敢えて珍しくも貴重な木材を求め、200種類ほどの様々な木材を使用したという。やがて技術を磨き、素材である木材の特性をより深く知るにつれ、身近に存在する木材を使用するに至った。近年ではオークをはじめ、メープル、ブナ、イタリアン・オリーブといったヨーロッパでは馴染みがあるものの、従来の木材の加工においてあまり使用されない素材を好んで用いるようになった。こうした木材に技術と素材の調和によって生み出される自身の作品にふさわしい素材としての価値を見出したからである。そして、そうした木材を手に入れるために、ガンペールは自然への配慮を欠かさない。木材を得ることを目的に、まだ生きている木を伐採することは避け、例えば強風などの天候が原因で倒木となってしまった木を素材として活用している。ときには、切り倒さなければ人や生態系に危害を与えうると判断されて切り倒された木を、森林の管理者より知らせを受けて手に入れることもあるそうだ。不要な伐採を避けることを第一に、自然のなかに存在し、無理なく手に入れることができる木のみを使用することも、ガンペールの作品制作に当たっては大切な要素となる。数年ほど前からガンペールはこれまで自然から与えられ、これからも与えられる恩恵への感謝のしるしとして何千本もの木や低木の植林活動に取り組んでいる。

自然の変化を受け入れる

使われる木材の変化とともに、その木材の状態に関しても、制作を重ねるにつれて変化してきたという。当初は伐採されたばかりの木材をまずは削り出すことで「荒いフォルム」を作り、時には数ヶ月や数年という長い時間をかけて木材が完全に乾燥するのを待ってから、ウッドターニングに取り掛かっていた。すでに乾燥というプロセスを終えた木材を使用する利点は、旋盤を用いた繊細な作業を行う際、作品の最終的なフォルムと大きさを制御しやすいことにある。そうして仕上げられた初期の作品は、緻密な技術と確固としたデザインの方向性が明確に見受けられるものだった。ところが近年、ガンペールは未加工の木材を敢えて使用するほうを重視している。これは、とてもリスクを伴うこと。木は乾燥をする過程で、どんどん姿を変えていくもので、また、彫り進めている過程で突然割れてしまう可能性もある。しかし、ガンペールはそうしたリスクを、技術と卓越した素材への理解をもって乗り越え、木材の変化さえも作品の魅力にとり込んでいく。つまり、ガンペールは、作り手の意思を超えた自然の変化を作品の一部として受け入れているのであり、その点を重要視している。なぜなら、そうした自然の変化を受け入れてこそ、作品は予期せぬ美を生み出すことができるからである。

木目の記憶と対話する

そうした様々な可能性を秘めた木材を素材に用いるようになった結果、ガンペールは木材加工におけるあらゆる可能性を模索し、時には500キロ以上にも及ぶ素材を使用する。伝統的な技法にとらわれないガンペールはバイオリン製作用の工具など、一見木材の加工とは結びつかないような道具を使ったり、自ら目的に合った道具を作ったりすることで理想とするフォルムを追求する。木目の走り方や、手で触れたときの感覚、重量感なども、もちろん重視される。その際、木の成長の過程でどのような力が作用していたかを知ることにおもしろさを感じるという。その木が1本だけで生えていたのか、森林の中で生い茂る木々の1本だったのか、肥沃、それとも痩せた土壌に生えていたのか、何世紀にもわたって、あるいはほんの数年だけ風や様々な天候に耐えてきたのか、といった来歴の違いによって永久に刻まれる「木目の記憶」が乾燥する過程での変化の仕方を左右するからだ。だからこそ、素材への深い理解と、それを活かすことができる技術の両方が必要不可欠となる。ガンペールにとって何よりも大切なのは、素材への理解と技術によって素材本来の魅力を最大限に引き出すことである。その証明として、作者のサイン、作品番号、制作年、そして何よりも重要な情報である樹齢がすべての作品の底面に刻まれている。ガンペールは、素材に寄り添うからこそ、その数だけ実に多彩な作品を作り上げることができる。大きくて存在感のある作品から、光が透けるほど薄くて繊細な作品まで、原始的ながらもミニマルなフォルムを持った作品たちは、そうしたガンペールの技術と素材への眼差しを、鑑賞者にダイレクトに伝えるものだと言える。

The Artist

ウッドターニングとの出会い

エルンスト・ガンペールは、1965年、ドイツ・ミュンヘンに生まれた。高校を卒業する頃には既に、友人たちと木を素材に用いたもの作りの可能性を探っていたという。1989年に卒業して間もなく、ガンペールは家具職人の見習いとして働くことを決意する。見習いとしてキャビネット等の制作を行っていた彼は、見習い期間の終了が近づく頃に、偶然にも見習いとして出入りしていた工房の片隅で木工旋盤を見つけた。それは、埃まみれで、もう随分長いこと使われた形跡のないものだったそうだ。ガンペールも、木工旋盤を使ったことはそれまでになく、実物を見たのも初めてだったという。綺麗に掃除をして、再び命を吹き込んだ。そして、いよいよ木材をかけて動かしたところ、木材は砕けて飛び散ってしまったそうだ。幸いにもガンペールの顔に木材が飛んでくるようなことにはならなかったが、この経験にすっかり魅了されたガンペールは、それ以来ウッドターニングにまつわる知識を求めて書籍を読み漁るようになった。

 

そして、1990年には、バイエルン州の南部、オーストリアとの国境にも近いアルプス山脈の麓の村・トラウヒガウに最初のアトリエを構えた。ミュンヘンにある高校を卒業して以来、ガンペールはこの地域を拠点にしており、家具職人の見習いも同地で経験したていた。豊富な木材に囲まれた場所であることはもちろん、フリークライミングや自転車などのスポーツを好むガンペールにとって、トラウヒガウは絶好の場所だった。アトリエを構えて間もなく、ガンペールの最初の作品である紙のように薄いメープルを使った木製の器が脚光を浴びた。その数年後、ヒルデスハイムにあるデザイン・スクールFachhochschule Hildesheimの教授から同校で学び——ガンペールは独学であるがゆえにプロの職人として認められていなかった——マイスターの学位を取得することを薦められる。「マイスター」とは、ドイツの教育機関でクラフトの分野において最低3年間、そして別の分野でさらにもう1年間専門的な見習い教育を修了した者のみに授与される学位である。マイスターを取得すると、ほどなくしてガンペールは、ドイツ国内のみならず国際的にも注目を集めるアーティストに。その卓越した作品が、瞬く間に評価されるに至ったのだ。以降、彼は、各国で展覧会を開催し、様々な賞を受賞することになり、現在では、各国の重要な美術館に作品が収蔵されている。

自然に囲まれた制作拠点

トラウヒガウでの活動期間が長くなると、ガンペールは、新たな人々との出会いや、新しいデザインの可能性にも触れやすいイタリア、ガルダ湖畔に面した山間の村・トレモージネへと拠点を移すことに。ミラノとの距離も近く、トラウヒガウと同様に豊かな自然環境に恵まれたトレモージネで、新たな創作のアイデアを得て、様々な作品を作り上げていく。そして、トレモージネで20年近くを過ごした2012年、ガンペールは再びトラウヒガウからほど近い小さな村へ拠点を移すことを決めた。若い頃に重要な時間を過ごした土地で再び制作活動をスタートし、現在に至る。

The Story

ARTS&SCIENCEのクリエイティブディレクターであるソニア パークがガンペールの作品を初めて目にしたのは、イタリアで訪れたデザイン・フェアでのこと。作品を一目見てその魅力に気づいたソニアが、展覧会の開催を持ち掛けた。2010年にdisplay by ARTS & SCIENCEで、2014年にはAT THE CORNER by ARTS & SCIENCEで展覧会を行い、今回は3度目の開催。そして、ガンペールが2017年ロエベ クラフト プライズ大賞受賞後、日本では初となる展覧会でもある。「彼の作品は、日本の和室にもよく合いそう。木を使用した作品は、室内に自然のものを取り込むのにも適しているし、例えば、花を生けるような感覚で、彼の作品を置いてみるのも良いかもしれない。ものを中に入れなくても、オブジェとして置くだけで、作品が持つ自然の暖かみを上手く生かすことができそう。」とソニアは言う。作品との色々な付き合い方が可能になるのも、その作品の本質に確固たる力があるからこそ。ガンペールの作品を通して、クラフトの奥深さを知ってもらいたい。

PROFILE

Ernst Gamperl(エルンスト・ガンペール)

ウッドターナー / デザイナー

1965年 ドイツ・ミュンヘン生まれ
1989年 高校を卒業し, 家具職人になる
1990年 初めてのアトリエを構える
1991年 Fachhochschule Hildesheimに入学
1992年 マイスター取得 (Master of turnery)

以降, ドイツにアトリエを設けて制作を続ける。

Photos by Bernhard Spöttel / Text by Yutaka Kikutake