スティーブ・ハリソンは1967年、イングランド北部に生まれました。高校時代に陶芸と出会い、ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)卒業後、ロンドンとウェールズを拠点に制作を続けています。彼の代名詞は、ソルトグレーズによる焼成です。高温の窯に塩を投入することで生まれる予測不能で流動的な表情は、窯の状態や天候、火の加減までもが影響する厳しい工程から生まれます。その不確かさにこそ魅力を見出し、作品として昇華してきました。
国内外で高い評価を受ける一方で、彼の関心は一貫して「作品が誰の手に渡り、どのように日常で使われるのか」という点にあります。価値は人の営みのなかで育まれるもの−−その思想が、彼の作品に静かに息づいています。
形と思考の変遷、マグカップという存在
- 初期の頃から今日に至る制作のなかで、どのような変化や考えの転換がありましたか?
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Steve Harrison(以下S)
制作の中で変わらず大切にしてきた要素のひとつが、マグカップのハンドル(取っ手)です。最初はシンプルなストラップ状の形から始まり、胴体との関係性やフォルムの多様さへと、少しずつ変化してきました。複雑な形に惹かれたのも、自然な流れだったと思います。近年、その考えに変化が生まれています。これまでは「ハンドルを変えれば新作になる」という発想がありました。しかし今は、「同じハンドルでも構成や見え方を変えることでまったく異なるマグカップになり得るのではないか」と考えるようになったのです。ハンドルの違いだけで新作を生み出してしまうと、コレクションとして見たときに単なるバリエーションの集積になってしまう。そのことに、次第に違和感を覚えるようになりました。
私がつくりたいのは、もっと本質的な部分で違いが感じられるものです。今はひとつのハンドルに向き合い、その形の中でどこまで探求できるのかを見極めたいです。位置やバランス、胴体との関係性を丁寧に問い続けることで、より深い表現にたどり着けるような気がしています。
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- ご自身のスタイルが生まれ、形になったのはいつ頃でしょうか?
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S
自分のスタイルについて考えると、ソルトグレーズという技法が、もともとはヨーロッパに起源を持つものであることに行き着きます。それが日本において受け入れられたという事実は、私にとって非常に興味深いことです。初期の頃は、教科書に沿った焼成方法を試しながら、この技法で「何ができるのか」を探っていました。まさに模索の時期だったのです。
ソルトグレーズは制御が非常に難しく、焼成のたびに独特の質感や表情が現れます。その予測できない性質を受け入れるのか、それとも抗うのか。常にその姿勢が問われ続けます。試行錯誤を重ねる中で、少しずつ自分なりに変化が生まれました。たとえば、ストーンウェアの胴体に磁器のハンドルを組み合わせること。視覚的なコントラストに惹かれながらも、技術的には非常に難しい選択でした。もし私がこの技法で何かを成し得たとすれば、それはソルトグレーズを、少しだけ別の場所に導けたことなのかもしれません。
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- 特に強いこだわりを持って作り続けている形やモチーフはありますか?
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S
マグカップです。なぜなら、私はマグカップに取り憑かれているからです。使うことで関係性が生まれ、やがて使い手の一部になっていく。私にとって、これほど重要なものはありません。色は常に変化していくものだと感じています。それよりも、カップの「形」に集中したいと思っています。釉薬をかけず、素焼きのままでも十分です。たとえこれが最後に作る作品だとしても、完成度に執着するのではなく、その瞬間に生まれる形に心が躍るかどうか。釉薬や焼成のプロセスに縛られずに考えること。それが、今の私の新しい思考のあり方であり、哲学なのだと思います。
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制作を続けること、価値について
- 作陶はハードな仕事でもあります。「作ることをやめたい」とは思いませんか?
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S
ええ、本当に身体にこたえる仕事です。私の場合、制作だけでなく作品の運搬も含まれるので、なおさらですね。ロンドン北部のエンフィールドで制作を行い、素焼きの状態ですべてを丁寧に包み、車に積んでウェールズまで運びます。そこで荷をほどき、窯に入れて焼成し、再び包み直してロンドンへ戻る——その繰り返しです。客観的に見れば、少し狂気じみているかもしれません(笑)。
周囲からは「よく続けられるね」と言われますが、年を重ねるにつれ、確かにあらゆるものが重く感じられるようになりました。決して楽な仕事ではありません。私は今58歳ですが、それでも、このやり方をどうにか続けていくしかない、そう思っています。
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- 今後の創作活動はどのように考えていらっしゃいますか?
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S
少しペースを落とすことはあるかもしれません。でも正直なところ、自分でもよく分からないのです。というのも、ソルトグレーズは本当に魅惑的で。疲れ切ったときには、「もう無理だ、もう十分やった」と思うこともあります。ところが、ひとたび焼成を終えると、不思議と「もう一度やりたい」と思ってしまうのです。困ったものですよね(笑)。大変ではありますが、ソルトグレーズが心から好きなんですよ。
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- あなたにとって「価値」とは何でしょうか?
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S
人それぞれ感じ方が違いますよね。たとえば、私のマグカップひとつを取ってみても、その価値とは何でしょうか。少なくとも価格ではありません。本当の価値は、使う人自身の中にあります。もし、誰かがそのマグカップを気に入って使いたいと思っても、食洗機に入れられず毎回手洗いしなければならない。その負担を受け入れられないのであれば、正直に言って、私の器は使わないほうがいいと思います。それもひとつの現実です。一方で、キャビネットに飾って眺めるだけ、という関わり方にも価値はあります。静物画を見て心が動かされるように、そこに美を感じることも立派な価値です。
ただ私は、日常の中で実際に使うことでその価値は深まり、より個人的なものになっていくものだと考えています。そして、やがて手放せない存在になるかもしれない。私にとっての価値とは、まさにそこにあります。私が手がけたものが、誰かにとって欠かせないものになること。それこそが、私の願いであり、価値のあり方なのです。
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PROFILE
1967年生まれ。イギリス人陶芸作家。ロイヤルカレッジオブアーツの陶芸修士課程を終了。ロンドン郊外にワークショップと窯を持ち、制作活動を行う。主な代表作には、釉薬に塩を用いたソルトグレーズ手法を使ったマグカップやジャグなど。
- ARTIST
Steve Harrison
Interview photo & video: Kohei Omachi
Event photos (middle of the video): Makoto Ito