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Behind the Scenes – SIXTH NIGHT

〈muska〉から〈SIXTH NIGHT〉へ。ブランド名を新たにし、再始動を果たしたジュエリーデザイナー田中佑香氏が語る、技術と感性、そして未来への思いとは。日本発のブランドとして、ジュエリーに込めた哲学と新たな挑戦についてご紹介します。

〈SIXTH NIGHT〉への転換とその背景

大学卒業後、しばらくして御徒町の職人のもとで彫金を学び始めました。当時は、和彫りなどの伝統技法が“時代遅れ”と扱われる空気があり、師匠からも「最近は華奢なものばかり。和彫りなんてもう出ないよ」と嘆く声が聞こえてくるような状況でした。でも、私は悲観的にはなりませんでした。大学時代に花形紋様を用いた作品制作に取り組んでいた経験もあり、桜や菊といった伝統的なモチーフから一歩離れ、自分なりにアレンジを加えた模様を作ることに面白さを感じていたのです。そうした試みは、muska時代の初期からデザインに取り入れていました。

 

そんな中、コロナ禍に見舞われました。困難な時だからこそ、丁寧に作られた美しいものを長く身に着けたいというという方が増えているのを感じた一方で、オンライン化に対応できず、廃業を余儀なくされる熟練の職人達の姿を目にしました。そうした状況に直面していた中、療養のためブランドを一度休止することになり、今後について深く考えることに。そして辿り着いたのが、日本の宝飾技術や素材に軸足を置き、これまで受け継がれてきた技術を次の世代へと繋いでいくという道でした。その意思を形にしたのが、SIXTH NIGHTへの転換です。これからのものづくりに向けたひとつの決意でもあります。

デザインの哲学と変化

デザインの根本的な着想は、これまでと変わりません。しかし、制作に向き合う姿勢には変化がありました。muskaの頃は“小さな同志”として、持ち主に寄り添うお守りのようなジュエリーを届けたいという想いが中心でした。現在はその想いを大切にしつつも、より普遍的な美しさを追求することに意識が向いています。この変化の中で、技術の重要性を強く感じています。

 

きっかけとなったのは、療養で訪れたインドのアーユルヴェーダクリニックでの体験でした。先祖代々の知識を受け継ぎながら診察を行う医師の姿に心を打たれ、実際に自分自身も癒されたのです。そこには、技術を次世代へと繋ぐという使命感がありました。ジュエリーもまた、想像力と技術の両方があって初めて成り立つもの。失われた技術は簡単には取り戻せません。だからこそ、私も伝統を継承し、未来へと手渡していくことに力を注ぎたいと強く思うようになりました。

 

ブランド名のSIXTH NIGHTは、夏目漱石「夢十夜」の第六夜にちなんでいます。仏師・運慶が木の中に眠る仁王像を彫り出すという一節に、私の制作姿勢が重なりました。素材の中にある美を見出し、そっと掘り起こす。それが創作の根幹にあります。日常の中でふと浮かんだアイデアは、スケッチブックに描き留めたり、頭の中で何度も思い返したりしながらかたちにしていきます。自然なバランスを大切に、無理のないリズムで丁寧にジュエリーを仕立てています。

アトリエ風景

和彫りの魅力

制作を共にする職人は、同じ師匠のもとで同時期に修行してきた仲間です。深い信頼関係の中で、デザインから成形、石留め、そして和彫りに至るまで一貫して手がけています。彫り柄を考え、銅板に試し彫りをし、柄のバランスや雰囲気を確認したうえで職人と共に仕上げていきます。

 

こうして生まれる和彫りは、単なる装飾ではなく意味や願いを込めることができる表現だと思っています。たとえば、あるお客様は、美しい夕暮れの空を思わせるオパールを選び、そのリングの台座に世界樹の柄を彫り込みました。世界樹とは、過去・現在・未来をつなぐ神話上の木であり、その象徴性に惹かれてのご依頼でした。また別の方は、お子様の名前に由来する植物文様をあしらい、いずれそのジュエリーを渡したいという想いを込められていました。和彫りはジュエリーをよりパーソナルで意味のある存在にしてくれます。そこに宿る感情や物語こそが、SIXTH NIGHTのものづくりの根幹だと感じています。

制作風景(銅板彫り)
オパール世界樹リング

ARTS&SCIENCEとの出会いと原点

ブランドにとって大きな転機となったのが、ARTS&SCIENCEに作品を持ち込んだあの時でした。学生の頃から、「いつか、ここに並ぶようなものを作れる人になりたい」と憧れ続けていた場所。その想いを胸に、当時の自分が出せる限りの力を注いだジュエリーを手に「これで駄目なら諦めよう」と覚悟を決めていたのを今でも鮮明に覚えています。

 

あれから12年。時間をかけて、ようやく自分たちなりのジュエリー哲学をかたちにできたと感じています。独立したブランドにとって、真摯に作品を見てくださる方々と出会えることは何よりもありがたいこと。A&Sでデビューコレクションを発表できたことは、私たちにとって今も変わらぬ大きな原点です。これからも、特別なものを求める方々の心に響くようなジュエリーを、丁寧に届けていけたらと思っています。

 

ジュエリーは、どれだけ技術が進んでも人の手を必要とするものです。その“手仕事”こそが、ジュエリーの本質的な魅力だと思います。何千万年という時をかけて生まれた宝石が、多くの人の手と国を経て、ようやくひとつのジュエリーとして形になる。そして、数々の偶然と必然を経て手元に届き、使い手の日々の中で物語を刻みながら受け継がれていく。SIXTH NIGHTのジュエリーも、そんな時間を共にする存在であって欲しいと願っています。

シグネットリング
インジルリング
  • ARTS&SCIENCEでは、基本的には当時から現在まで作品の持ち込みは受け付けておりません